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八幡宮(はちまんぐう)

通称:高津八幡宮(たかつはちまんぐう)

八幡宮
社格:
旧府社

御祭神:
本社 応神天皇(おうじんてんのう)
配祀 武内宿禰(たけのうちすくね)
末社 高良神社 武内宿禰(たけのうちすくね)
天満宮 菅原道真(すがわらのみちざね)
稲荷神社 倉稲魂命(うかのみたまのみこと)

由緒等:
当社は、石清水八幡宮の末社であり、また江戸期慶安ごろまでは極楽寺、福蔵院、究意院など五か坊(醍醐三宝院末寺)を有していた。 現在当社に保存されている文亀元年六月十五日の(勧進帳)によると、 八幡宮は、陽成天皇から元慶五年洛陽男山から飛行してきた金色鳩が当高津御山に留まったのを奇瑞のしるしとし、 勅使橘良基に命じて造営させたといわれる。
其の後、明応九年十二月十九日にいたって、不慮の火災を受け恢尽に帰したため、文亀元年(勧進帳)によって社頭復興に努めた。
しかし相次ぐ兵乱と当時の土豪大槻安芸守辰高の居城(八幡城)となったため、社地は荒廃し、諸証文も散逸したが、 慶長四年の野々江五兵衛の寄進状によって社頭(造料)として田地五段と山林竹林等寄進された。 また同じく慶長十一年には有馬玄蕃の代官鵜飼甚右衛門によって毎年高五石が進められて、回復の糸口をつかんだ。 この慶長十一年の寄進は、寛文十年の綾部城主九鬼式部の寄進状にも受け継がれ江戸時代を通じての社領として定着した。
現在の社殿は、本殿拝殿形式のもので、嘉永年間に消失した後、再建されたものであるが、 地方作としては、極めて優れている。当社には、鎌倉時代の狛犬二体が現存している。
≪平成祭データより≫

参拝等の雑感:
荒倉神社より、住宅地図を頼りに細い道を進む。表参道の所に出たは良いが、道が狭く車を停める場所が無い。 短時間の駐車なら見逃してもらえそうなので、車をギリギリ寄せて表参道付近の写真を撮る。 本当は、参道の階段を登って参拝に向いたかったが、注意されたら車を動かさなければならないので、 表参道からの参拝は諦め、境内まで続く道へ向う。登り口と思しき所に鳥居があり、道はアスファルト舗装されている。 そのまま、車で進めそうなので鳥居を潜り登って行く。坂道だが車で走るのには全く問題なし。 程なく境内に到着。整地されていて、平坦な場所が結構広い。ちょっとした大型スーパーの駐車上ほどの広さはある。 車を停めて参拝に向う。参道は整備されていて、正面に大きな拝殿がある。拝殿と本社はほぼ密着している。 本社の左側に高良神社と天満宮が、右手には稲荷神社が鎮座されている。稲荷神社は、お堂のような覆屋にスッポリと覆われていて、 中を窺い知る事は出来なかった。

境内:

本社・拝殿 本社・お社 右手から
本社・拝殿
本社・お社 右手から
末社(左・高良神社 右・天満宮) 末社(稲荷神社)
末社(左・高良神社 右・天満宮)
末社(稲荷神社)
境内 車参道の鳥居
境内
車参道の鳥居
住所:
京都府綾部市高津町宮ノ段1
まつり:
1月 第一日曜日 神前家祈祷
1月 第二日曜日 厄神祭
2月 第一日曜日 祈年祭
天神祭
4月 3日 春祭
6月 30日 水無月大祓
10月 10日 例祭
11月 23日 勤労感謝祭
12月 31日 大祓
正確な祭の日時は、各神社にお問い合わせ下さい。

公式ホームページ:
[なし]
御朱印:
不明
その他情報:
なし

場所:
地図

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