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諏訪神社(すわじんじゃ)
御祭神:
| 本社 |
健御名方命(たけみなかたのみこと) |
| 末社 |
愛宕神社 |
応神天皇(おうじんてんのう) |
由緒等:
諏訪神社所蔵の縁起によると、当初は正一位大森大明神と称して、和銅六年<約一二六〇年前>殿の長井正山峰に御建立云々とあるが、
その創建年次は定かでない。[金箔の大森大明神の額現存]
後になって、大長大師円勝坊が大和よりこの地に来て、獣害を除いて民を安堵させようと、応安二年<約六一五年前>に信州の諏訪明神を勧請し、
この地域に社殿を創立して建御名方命を祀った。本社は狼を御使とし、猪鹿退治の守護神として崇敬されている。
法師は神官を兼ねて、棚・砂木の二村を祈祷布施所とし砂木に狩蔵を作って本社の狩所とした。そして、円勝法師の創始した由緒により、
毎年一月五日を御狩の日[出初め]と定め、神官は草鞋脚絆の扮装で腰に短刀を帯びて、神幣を捧げ持って先頭に立ち、
供奉の民は弓・槍・銃をもって、その後に従って疾走し、猪・鹿をとって神前に供える例であった。
このため、大晦日から正月五日まで、南は川合・相白の境にある烏帽子岩に、東は田土、西は松尾の境に忌縄を張って通行を禁じたが、
民はこれを犯さなかった。しかしこれは明治維新のとき廃止になった。
永和四年<約六〇四年前>に神殿は、正山のふもとに再建立され、当時は今の社域の下段にあったが、
正徳二年<約二六二年前>に神殿改築が行なわれ、その時から現位置に遷されている。
また、本社は明治初年に、村社から郷社に昇格した。
本社は凡そ十五年、二十年、三十年毎に大祭典を執行し、古くよりその規模の大きさに於いて棚野の千両祭りといわれた。
尚、、奉納芸は豊郷の獅子舞を先頭に盛郷・福居より刀踊、豊郷より振踊[姫踊]、高野より神楽、
鶴ケ岡より神楽と俵振りを献進することになっている。
≪平成祭データより≫
参拝等の雑感:
参道は、小学校とグラウンドの間を通っている。本の社地は、学校の辺りを含む広大な物だったのだろう。
現在の境内は、神門の内側で、それでもそれなりの広さがある。地域の中心的な神社だけあって、社殿も大きく、
隣の本社の隣に有る八幡宮もさほど違わない大きさだ。また、境内の手入れもされていて、大事にされているようだ。
まつり:
| 1月 |
1日 |
歳旦祭 |
| 1月 |
5日 |
出初祭 |
| 2月 |
11日 |
祈年祭 |
| 10月 |
5日 |
例祭 |
| 10月 |
不定期 |
式年祭(15年に一度) 4日間 式年大祭 [通称]棚野の千両祭 |
| 11月 |
5日 |
神嘗祭 |
| 12月 |
1日 |
大祓式 |
正確な祭の日時は、各神社にお問い合わせ下さい。
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