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荒見神社(あらみじんじゃ)

荒見神社
社格:
旧村社
式内社・荒見神社(官幣小社)論考社

御祭神:
本社 武甕槌命(たけみかづちのみこと)
応神天皇(おうじんてんのう)
仲哀天皇(ちゅうあいてんのう)
別雷大神(わけいかづちのおおかみ)
倉稲魂命(うかのみたまのみこと)
末社 天満宮 菅原道真(すがわらのみちざね)
厳島神社 市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)

由緒等:
 田井の氏神である荒見神社は、「久世郡神社明細帳」によれば、「明治六年村社ニ被列、 同年延喜式内二荒見神社記ト決定ノ旨府庁ヨリ達セラル」とあって、明治六年に式内社に確定された。 延喜式内社とは、延喜五年(九〇五)、藤原時平・忠平らが醍醐天皇の命により編さんに着手し、 延長五年(九二七)に完成した『延喜式』巻九・巻一〇の神名帳に登載された神社であるが、 荒見神社については、『延喜式神名帳』に久世郡荒見神社と記載されているもので、鎮座地については、 城陽市富野荒見田にも荒見神社があり、現在論社となっている。  いずれの社が式内社であるかということについては、両社が荒見・荒見田という類似する小字に鎮座し、また同郡に所在するうえ、 共に五神を祭神として五社明神と通称していることなどから、どちらが式内社であるかの結論は下せない。  荒見神社の由来は、近世の地誌類である『山城志』によれば、「今佐山村の西、大字田井に荒見の字あり、 寛永七年洪水のため社地を失い、今の地に移す」と記されている。旧鎮座地は明らかでないが、伝えるところによれば当社の東南、 下津屋に接する小字西荒見とする説がある。  久御山は江戸時代、三年に一度平年作であればよいといわれるほど、洪水の多発地帯であった。 田井を襲った寛永七年(一六三〇)の洪水は、特に被害が大きかったらしく、社寺をはじめ、民家のほとんどが流失したという。 社地はその後現在地に移され、寛文四年(一六六四)の棟札(荒見神社所蔵)に「因正一位五社大明神社皆造宮、 寛文四甘歳大施主当村氏了中」とあって、水害後の造営であることがわかり、そのことは現在の社殿の建築様式からもうかがえる。
≪神社リーフレットの由緒より≫

境内:

本社・拝所 本社・お社
本社・拝殿
本社・お社
末社(天満宮) 末社(厳島神社)
末社(天満宮)
末社(厳島神社)
拝殿

拝殿
 

住所:
京都府久世郡久御山町大字田井小字荒見49

まつり:
1月 1日 歳旦祭
1月 15日 左義長「とんど」
2月 3日 節分祭
2月 節分後の午の日 初午祭
3月 21日 祈年祭「春祭り」
6月 30日 大祓
8月 31日 八朔祭
9月 1日 二百十日燈明
9月 11日 二百二十日燈明
9月 15日 豊穣祭
10月 8日 氏子祭「宵宮」
10月 9日 秋季例大祭「子供御輿巡行」
11月 23日 新嘗祭
12月 13日 正月事始「くど始め」
12月 31日 大祓
毎月 1日 月次祭
正確な祭の日時は、各神社にお問い合わせ下さい。

公式ホームページ:
[なし]

御朱印:
無人の為不明

その他情報:
通常無人 「神奈備」HPに掲載あり
  URL:[http://www.kamnavi.net/index.htm

場所:
地図

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