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梛神社(なぎじんじゃ)・隼神社(はやぶさじんじゃ)
御祭神:
| 本社 |
梛神社 |
素盞鳴尊(すさのおのみこと) |
|
隼神社 |
建甕槌神(たけみかづちのかみ) |
|
|
経津主神(ふつぬしのかみ) |
| 摂社 |
田中神社 |
地主神(じぬしのかみ) |
|
稲荷社 |
上川稲荷大神(かみかわいなりおおかみ) |
由緒等:
素戔嗚尊を主神とし、宇賀御魂命、伊弉冉命,誉田別尊などを配祀する。
貞観十一年(八七六)京都に疫病が流行したとき、牛頭天王(素戔嗚尊)の神霊を播磨国広峰から勧請して鎮疫祭を行ったが、
このときその神輿を梛の林中に置いて祀ったことがこの神社の始まりであるという。
後に神霊を八坂(今の八坂神社)に遷祀したとき当地の住人は花を飾った風流傘を立て、鉾を振り、
音楽を奏して神輿を八坂に送った。これがのちの祇園会の起源といわれる。
また、当社は八坂神社の古址にあたるので元祇園社と呼ばれる。維新の頃は田圃の中の一小祠であったが、
明治七年(一八七四)と昭和四年(一九二九)の復興を経て現在に至った。
境内の隼神社は延喜の制度の大社で、大正七年(一九一八)蛸薬師坊城からこの地に移祀された。
梛神社とともに厄除け、疫病払いの神である。
≪京都市案内板より≫
・梛神社
清和天皇貞観十一年京都に疫病盛に越る故に悪疫を薙はらい病を鎮めるために(素盞鳴尊)
の神を播磨国広峰より勧請して四条の坊城へ神輿を入れ奉られる。
此の地に数万本の梛の木あり源某と言う人が此の地に居住し神霊を朱雀大路に近い梛の林中に祭祀尊を斎き奉る。
・隼神社
延喜式に據れば左京四条に坐す神一産隼神社と曰うとあり、
京中に坐す神三座の内にて貞観二年六月十五日朝廷より従五位下の神階を贈られ七年、
十年、十六年、級階を累進して従四位上に位す。
天慶三年九月四日従三位を給はる延喜の制に大社に列し四度官幣を受けたことは延喜式、
三代実録、日本記略等の正史に記載されてあります。往昔は壮厳な大社であることが明白であります。
≪梛神社・隼神社 記要より≫
まつり:
| 2月 |
節分 |
節分祭 |
| 5月 |
第三日曜日 |
例祭・神幸祭 |
| 6月 |
30日 |
夏越祓 |
| 11月 |
17日 |
隼神社例祭・火焚祭(隼神社) |
| 12月 |
31日 |
大祓式 |
| 毎月 |
11日 |
月次祭 |
正確な祭の日時は、各神社にお問い合わせ下さい。
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