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猿丸神社(さるまるじんじゃ)
由緒等:
綴喜郡宇治田原村大字禅寺に猿丸太夫の旧跡として祭祠す、往古猿丸太夫、近江粟太郡田上川を遡り、
隣村小田原村を経て、本村字猿丸の北麓に当る、渓間経路を西に上り、怪砦奇石多き、絶佳の風光を嘆賞せられしとて、
人此岩を呼びて、猿丸太夫腰掛岩と云ぶ、数年前、曾束村ご本村との境界諭争ありしより、社殿を今の処に遷せり。
≪山城綴喜郡誌より≫
猿丸神社の御祭神は猿丸大神と拝し、猿丸大夫の霊廟の上に奉祀されています。
平安時代の歌人で三十六歌仙の一人として世にしられる猿丸大夫は、その出生来歴については不詳ながら、
京滋の県境“曽束”に隠棲し亡くなったと伝えられています。
日野に草庵を結んだ鎌倉時代前期の歌人鴨長明は、『無名抄』に「田上のしもの曽束といふ所に、
猿丸大夫の墓があり、庄のさかひにて、そこの券に書きのせたれば、みな知るところなり」と記し、
また著名な随筆『方丈記」には「気分が良く遠出をもよおすときは、炭山・笠取を経て岩間寺や石山寺に詣で、
蝉丸の旧跡や“田上河をわたりて猿丸大夫が墓をたづぬ”」と書き留めています。
本殿には、御祭神猿丸大夫の豊頬端麗なお姿を画いた小絵馬(表紙写真)が納められています。
この絵馬には正保二年(一六四五)六月一日に、禅定寺村の氏子中によって社殿を造営したとあり、その頃、
当神社を拝した深草の元政上人は、『扶桑隠逸伝』に「有猿丸祠。此亦大夫遊慮之地。
而村民奉祠也」と村人の尊信を今に伝えています。
≪リーフレット御由緒より≫
参拝等の雑感:
地図で見るとかなりの距離がありそうなのだが、実際に車で走ってみると、それほどの距離は無い。
「バスが祭りの日にしかない」とか聞いていたので、辺鄙で遠く離れた処を想像していた。
おかげで、一度は通り過ぎてしまった。通り過ぎた後に気付いて、来た道を戻る。車を駐車場に停めて、
いざ参拝。一の鳥居を潜り参道を進む。参道は舗装されていて、一般道となっている。参道に平行して、
砂利道ながらスロープになっているのは、足の不自由な方のための物だろうか。
しばらく進むと階段がある。そこは、裏参道で表参道はもう少し進まなければならないようだ。
表参道の位置が不明なので、裏参道より境内を横切り表参道に出る。そこから参拝が始まる。
さすがに、神職の方が常駐されているので、境内はキチット手入れがされていて、気持ちが良い。
また、木々が適度な木漏れ日を境内にもたらしているので、良い雰囲気だ。参拝後、御朱印を頂いた。
まつり:
| 1月 |
13日 |
初猿丸祭 [通称]初猿丸 |
| 4月 |
13日 |
春季大祭 [通称]春祭り |
| 9月 |
13日 |
秋季大祭 [通称]秋祭り |
| 12月 |
13日 |
終い猿丸祭 [通称]終い猿丸 |
正確な祭の日時は、各神社にお問い合わせ下さい。
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